守り抜かれたもの
本日、土曜日は家探しと携帯の購入などに費やした。結果は明日以降に書くとして、一日の終わりに、家探しをサポートしてくれた同僚(エチオピア人)と、その友人2人と、スペイン人の友人2人と酒を飲んだ。

写真には写ってない方のエチオピア人の友人は、アブラハムという名前だ。英語風に発音すればエイブラハム。リンカーンと同じだと彼は笑っていた。「アブラハムには7人の子」という歌もある。いずれにせよ、古代ユダヤの伝統に繋がる名前なのだろう。エチオピアはユダヤと深い関係があるので、彼の名前は完全に、自国の長い伝統に基づいた名前なのだ。長く植民地だった国では、有色人種でもあからさまにアングロ・サクソン風の名前の方が多くいるが、それとは全く意味が違う。日本人で「真理亜(マリア)」という名前だったり、台湾人が「ジェニファー」とか西洋風の通名をつけるのも一般的になってきたが、それとも全く意味が異なる。守り抜かれた伝統があるからこそつけられる名前だ。私の名前は、漢字の訓読み。それは、世界中で日本人の伝統の中でしかつけられない名前だ。とても嬉しく、誇り高い事だと思う。エチオピアも日本も、外国による短い占領はあったが、先祖達は自国の独立と伝統を守り抜いた。その伝統の上に我々はいる。
外国の良さを知る度に、日本の事が好きになる。本日もまた、そんな一日でした。

写真には写ってない方のエチオピア人の友人は、アブラハムという名前だ。英語風に発音すればエイブラハム。リンカーンと同じだと彼は笑っていた。「アブラハムには7人の子」という歌もある。いずれにせよ、古代ユダヤの伝統に繋がる名前なのだろう。エチオピアはユダヤと深い関係があるので、彼の名前は完全に、自国の長い伝統に基づいた名前なのだ。長く植民地だった国では、有色人種でもあからさまにアングロ・サクソン風の名前の方が多くいるが、それとは全く意味が違う。日本人で「真理亜(マリア)」という名前だったり、台湾人が「ジェニファー」とか西洋風の通名をつけるのも一般的になってきたが、それとも全く意味が異なる。守り抜かれた伝統があるからこそつけられる名前だ。私の名前は、漢字の訓読み。それは、世界中で日本人の伝統の中でしかつけられない名前だ。とても嬉しく、誇り高い事だと思う。エチオピアも日本も、外国による短い占領はあったが、先祖達は自国の独立と伝統を守り抜いた。その伝統の上に我々はいる。
外国の良さを知る度に、日本の事が好きになる。本日もまた、そんな一日でした。


